When you were young

When you were young and on your own, how did it feel to be alone?

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不満と不安のマトリクス

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worry_dissatisfied

私たちを日々苦しめるものと言えば、それは「不満」と「不安」です。幸せな状態というのはこの2つがない状態、満足し不安を感じていない状態だと言えます。私たちの活動のほとんどはこの2つを解消することに費やされます。

つまり幸せになるためにはこの2つを克服する必要があります。それぞれについて考えてみると次のような行動指針を持つことが大事だということがわかります。

満足するためには

  • 自分で選択し決定する
  • 足を知る
  • 他人と比べない

不安をなくすためには

  • 自信を持つ
  • 楽観主義になる
  • 支えを持つ

しかし、これが簡単なことでないことは誰の目にも明らかです。どうすれば自己決定できるようになるんだろう?どうすれば満足することができるんだろう?他人と比べないといったって日々人と会うのに。自信を持つのは大事だとはわかってるけど得意なことがないんだよ。楽観主義といわれてもこのご時世・・・。支えてとなる人もいないし・・・。

こうしたつぶやきは誰しもがしているんじゃないでしょうか。そうした時に目の前に現れるのが所謂自己啓発本の類です。

私はなにも自己啓発本を批判するつもりはなく、どちらかといえば好きでよく読むほうです。それはなぜなのかというと、やはり現状に「不満」で、将来に「不安」があるからです。

つまり、今の時代私みたいな人は実に多いわけで、それだけ需要があるということです。そこに「こうすればいいよ」「○○したかったら○○しなさい!」と説かれると「ああ、そうなのか。そうしているからこの人は自信たっぷりだし、満足して平和に暮らせているのか」となるわけです。しかし、本に書いていることをそのまま実践したところで「不満」や「不安」が解消されることはありません。

大事なのは「何に対して満足していないのか」「何に対して不安を感じているのか」ということをを明確にし、どうすればいいのかを自分で考えることです。そのためには自分の弱みが「不満」と「不安」を感じる心にあることをまずもって理解しておく必要があるように思います。

投稿者: hiroshimo

2009/11/12 6:00 pm

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デジタルか、アナログか?情報活用ツールの選び方

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Moleskine a quadretti e grafite
Photo by hummyhummy

アナログかデジタルか?タスク管理やスケジュール管理をやろうとした場合にどちらを採用するかというのは悩ましい問題です。ちまたにはiPhoneアプリをはじめとして効率的でスマートな方法でこれらを扱おうとする手法が溢れています。しかし、結論からいえば、どちらかだけという二分法的な考えは真っ先に捨てるに越したことはありません。大事なのは使い分けだからです。

そもそも、どういった基準でアナログかデジタルかを分ければいいのでしょうか。私が考える基準は「ストックすることに意味が生まれるかどうか」ということです。

例えば、電話でのちょっとした要件だったり、夕飯の食材だったり、ちょっとした地図だったり。あまり再利用ということを考えなくていいような類のものはストックしておいてもあまり意味がありません。ささっと紙に書いて、用事が済めば捨てればいいでしょう。こうした用途には紙メモが適しています。

では、ストックすることに意味が生まれるものというのはどういうものでしょうか。これはアイディアや思いつき、支出メモなどです。特に「思いつき」というのは揮発性が非常に高いので、これをキャプチャーするかしないかというのはそれこそ瞬時の判断が求められます。この場合、いいのは紙でしょうか、デジタルでしょうか。ちょっと前なら迷うことなく紙メディアだと答えていたと思います。実際、私はモレスキンを持ち歩いては立ち止まってメモをしていました。しかし、今ならもちろんiPhoneです。

さて、それではタスク管理やスケジュール管理にはどちらがいいのでしょうか。これについては扱う対象の量によるのではないかというのが私の意見です。100件を越えるようなものであれば、迷わずデジタルで管理したほうがいいでしょう。紙に書いて把握できるような気がしません。しかし、日々のタスクやプロジェクトなど挙げていっても100件に満たないようなものであれば、紙メディアのほうがいいのではないでしょうか。

多くの情報活用術の本の著者は平均以上に多忙です。なにしろ多忙だからこそ、そういった情報のさばき方を考えているわけです。しかし、そのやり方を採用しようとして多くの人が感じるのはオーバースペックということではないでしょうか。

これは例えば移動の手段として自転車で十分なところをスポーツカーで行こうとしているようなものです。みんなスポーツカーに憧れるのですが、よくよく考えれば自転車で十分かもしれません。要は目的の場所に早く着けばいいのです。

ツールや提唱されるやり方をそのまま受け入れるのではなく、自分自身を見つめ直して等身大の方法でやるのが一番良いのではないかといのが現在の私の結論です。


情報は1冊のノートにまとめなさい 100円でつくる万能「情報整理ノート」 (Nanaブックス)
奥野 宣之

iPhone情報整理術 ~あなたを情報’’強者’’に変える57の活用法!(デジタル仕事術シリーズ)
堀 正岳, 佐々木 正悟

投稿者: hiroshimo

2009/10/26 5:30 pm

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「ツイッター 140文字が世界を変える 」を読んでツイッターについて考える

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ツイッター 140文字が世界を変える (マイコミ新書)
コグレ マサト, いしたに まさき

私はツイッターが好きですが、ツイッターについて考えることも同じぐらい、いやそれ以上に好きです。話題の「ツイッター 140文字が世界を変える 」を読んだところなので少し考えてをまとめてみます。本書は著者のおふたりが長年インターネットのなかで生きてこられてこその説得力がいかんなく発揮されていてとても読み応えのある本でした。入門書といってあなどっていてはいけません。

ツイッターでようやく情報のやりとりがシームレスになった
まず、「ツイッターとは何か?」というおなじみの問いから始めるとします。私が思うにツイッターはコミュニケーションのツールです。コミュニケーションとは何かというと「情報のやりとり」です。つまり、情報の発信と受信、キャッチボールがコミュニケーションなわけです。意外とこれが今までは難儀だったのは振り返ってみてわかることです。

受信/発信を三世代に分けて考えると、今まで受信と発信はそれぞれ別々の行為だったことがわかります。

メール時代:メールマガジン/メール
ブログ時代:ブログ/コメント・トラックバック・ブックマーク集約サイト(はてなブックマーク、diggとか)
ツイッター時代:ツイート/ツイート

メールマガジンを購読していたからといって筆者と簡単にやりとりができるわけではありません。ブログにしても、コメントはなかなかしづらいものです。ツイッターでようやく情報を得て、それをダイレクトにリアクトすることができるようになったというわけです。

情報の発信という点からもこれまでのメールマガジンやブログに比べて、ツイッターの敷居の低いことは驚異的です。この驚異の敷居の低さがどういう世界をつくっていくのか考え出すと止まりません。

情報量が増えるとコンテンツは小さくなる
いま、こうしている間にも情報は爆発的に増えています。この途方もない大激増によってこれまでの情報という概念が変化しつつあることを感じます。インターネット以前はこのような流れであったと思います。

  • 情報量が限られている/アテンションが豊富/コンテンツの粒度が大きい方が望まれる

これに対して現在はどうかというと。

  • 情報量に限りがない/アテンションが限られている/コンテンツの粒度が小さい方が望まれる

つまりツイッターのようなマイクロコンテンツが登場した背景には情報の量的爆発があるということです。それによって、一つあたりのコンテンツにかけることのできるアテンションが劇的に減ったということが言えます。また、この少ないアテンションをいかに効率的に振り分けるかというところでライフハックの登場とも繋がりそうです。雑誌が読まれなくなったのもコンテンツとして粒が大きすぎるのが原因ではないかと感じます。

コミュニケーションの変化
コミュニケーションという場合、大きく二つ考えられそうです。ひとつは個人間のコミュニケーション。手紙、電話、ポケベル、携帯というふうにデバイスがどんどん小さくなってきています。そして、それにあわせてコミュニケーションが変わっていったということは言えるでしょう。携帯がメールだとすれば、iPhoneこそがツイッターです。2006年のツイッターのサービススタート。その翌年のiPhoneの発表。そして昨年のiPhone 3Gの登場と今年のツイッターのブレイク。歩調があいすぎるほどでびっくりします。

次に個人と社会との間のコミュニケーションです。いわゆる4マスと個人との間の、企業CMと私たちとの間のコミュニケーションです。これまたどんどんマイクロコンテンツ化していっています。

つまり、インターネットによる情報の量的爆発の結果、人々のアテンションがどうにも追いつかなくなったというまさにそのタイミングにあらわれたのがツイッターで、しかも、それは優れて効率的なコミュニケーションツールでもあったということから、これまたインターネットデバイスのiPhoneの登場とも相俟って一気にブレイクした。こういうことではないでしょうか。

コミュニケーションが大きく変わったことで社会的にどういったインパクトがあるか。個人的に最も関心のあるところはここです。社会的なインパクトというのはたとえば企業の変化です。政治の変化です。社会の変化です。ツイッターの最初の印象は個人間のコミュニケーションが変わるというだけだったものが、今ではもっと根本の部分を揺さぶっているような気がしてなりません。

本のなかでもっとも印象的だったのはこのフレーズです。

On page 203:
そう!14年かかって!やっとネットはここまで来たのです。それを今楽しまないで、いったいネットをやる意味なんてあるのでしょうか?

Don’t think, twit!

投稿者: hiroshimo

2009/10/22 9:47 pm

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人生は今何時?

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timepiece prime time clock closeup watch
Photo by zoutedrop

ふと思いついて今までの人生を3年刻みで振り返ってみました。そこで気づいたのは、今まで長いこと働いてきたようでいて実は人生の半分も働いていないということです。

この気づきは自分にちょっとしたパースペクティブの変化をもたらしてくれました。さらに現在からの3年刻みで行をつくっていくと、なんとまだまだ働く人生が待っていることにも気づかされます。

以前なら「まだまだ何十年も働かないと行けないのか・・・」と考えていたかもしれませんが、「まだまだ色々できる!」という可能性を感じたのはこの数年の自分の中での大きな変化です。

何も今までのキャリアがすべてではないのです。これからがまさしく自分の仕事をつくる時間なんだと漠然とですが思ったのです。

Twitterでつぶやくとこんなリプライがありました。

@233mm
11:58am, Oct 20 from Web
@shimoyama 年を3で割って出てきた数字が時間、ってのは聞いたことあります。12才なら朝の4時。60才なら夜8時。

つまり僕の人生の時計はまだ昼の12時だということです。楽しい午後はこれから始まるというわけです。

今、あなたの人生は何時ですか?

投稿者: hiroshimo

2009/10/20 3:00 pm

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より良い人生、より良い世界

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Twitter Wallpaper
Photo by joshsemans

Twitter共同創業者のBiz Stone氏のインタビュー記事がCNETに掲載されていました。その中で個人的に非常に感銘を受ける一言がありました。

Twitterを使って人と人のエンゲージメントをより強固なものにし、世界をもっと狭いものにしましょう。そしてそのコネクションを通じて、より良い世界にしていきましょう。
「Twitterは技術ではなく、人間性の勝利」–Twitter共同創業者Biz Stone氏来日:インタビュー – CNET Japan

「より良い世界にしていきましょう」というのはTwitterに限らずシリコンバレーのなかではよく言われる言葉らしいですが、ここでもまた登場しています。

この「自分たちが世界をより良いものにする」という信念は一体どこから来るのか、私はとても興味があります。

一昔前、アメリカは世界の警察官気取りで自分たちのルールが全てだといわんばかりだということをよく言われていました。それはこの間まで続いていた世界中のアメリカ観というべきものだったように思います。そうです、オバマが大統領になるまでの。

私は政治について多くを語るつもりはないのですが、このシリコンバレー的な信念とそれが一役買ったオバマ政権の成立には根底で共通する価値観があるのだろうと思います。それが「世界をより良くする」という信念なのかと。

この価値観はひいては個人のキャリアとか人生観にも影響しているように思います。アメリカはそれこそ自己啓発的なブームの誕生の地でもあるように、人生においてもまた「より良くする」という信念があるように思います。

making things betterという時「何がBetterか?」というふうに捉えないところもまた1つの特徴のようです。BetterはBetterなんだよ、という感じなのかもしれません。

しかし、「何がBetterか?」と迷っていては結局行動が生じません。懐疑的で、なるようにしかならないという閉塞感のなかで、その空気を吸いながら生きてきて、このアメリカ的な(というとくくりすぎですが)価値観に個人的にとても惹かれます。

人生はより良くすることができるし、それが社会をより良くする。ひいては世界をより良くする。1本通った考え方だと思うのです。

投稿者: hiroshimo

2009/10/17 12:00 pm

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ビジネスとサービス、またはウェブについて

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Fixed amount handouts
Photo by 27199882@N07

今朝はいろんなウェブサービス終了のニュースがありました。ちょうどいい機会なので常々頭の片隅にあった「ビジネスとサービス」について考えをまとめてみようと思います。

まず、ビジネスとサービスのそれぞれの定義についてgoo辞書で調べてみます。

ビジネス 【business】
(1)仕事。事業。商売。
(2)特に,個人的な感情をまじえない,金もうけの手段としての仕事。

サービス 【service】
(1)相手のために気を配って尽くすこと。
(2)品物を売るとき,客の便宜を図ったり値引きや景品をつけたりすること。

ビジネスが「金もうけの手段としての仕事」とはまたあからさまな定義ですが、おおよそ私たちがイメージしている意味のままです。

結論から言えば、この2つは決して相反するものでも相容れないものでもありません。車の両輪のようなもので2つが上手く回っていないと本当にいいサービスは提供できないのです。当たり前ですが、どちらかだけでは絶対にダメなのです。

それでは、両方大事だとして、一体どちらを優先すべきなのでしょうか。この答えもまた明白です。サービスを優先してビジネスを考えるということです。

ビジネス志向だとサービスの質は低下する?
ビジネス志向は言い換えれば利益第一主義、結果重視主義、拡大成長路線といったものに代表されるように思います。会社の営業方針なんかを見れば一目瞭然ですね。サービス志向はそれとは反対に貢献第一主義、プロセス重視、継続成長路線と言えそうです。

それぞれの志向性にこのような特徴があるので、ビジネス志向が優先したサービスはプロセスを軽く見るようになります。しかし、サービスの改善はプロセス重視のなかからしか生まれてきません。これをしたから結果(利益)に繋がるということは言えないのです。

つまり、ビジネス志向に走りすぎたサービスはプロセスよりも結果に重きを置くようになるため、サービスの改善が行われにくく、結果的にユーザー離れを起こすのではないかということです。

今まで終了してきたサービスのすべてがビジネス志向で、そのためにそのような結果になったわけではもちろんありません。サービス志向であっても、終了を余儀なくされるときはされるのです。

ただ、中にはビジネス志向があまりにも前面に出て来すぎているためにユーザーの定着が見られなかったのではないかと思えるものもあります。

ビジネスとサービスのバランスが大事です。いくらサービスのためにこうすべきだということはわかっていても霞を食べて生きていけるわけではありません。ただ、利益は継続のために考えるべきで最初からそれを目的にすべきではないように思います。

お金儲けは大事です。大事ですが、それをあからさまに目指しているサービスは個人的にはあまり使いたくありません。

投稿者: hiroshimo

2009/10/15 5:30 pm

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情報の量的爆発が向かうところ

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inputflow

Twitterによってわたしたちの入手する情報量は爆発的にまた増えているように思います。それはTwitterが140文字の制限を持つ気軽なメディアである性質から情報の再生産が容易であるということによるものだと言えそうです。

情報の再生産
Twitterのつぶやきには多くの場合リンクが含まれていたり、リンクを含むつぶやきが含まれていたり(ReTweetされていたり)します。これが情報の再生産にあたるわけですが、Twitter以前はBlogがその役割を果たしていました。しかし、BlogはTwitterにくらべるとそれほど容易であるわけではありません。というか、Twitterに比べたらものすごく重くまどろっこしいメディアではあります。

爆発的に増えた情報量
わたしたちは量が増えれば増えるほど、そこに含まれるダイヤモンドの原石が多いのではないかと思う傾向があるようです。玉石混交であることを承知の上で、そこからめぼしい情報がないかと情報を追うのです。さらに言えば量が増えれば増えるほど出会える価値ある情報の量もまた増えるのはないかと考えるわけです。

テクニックとテクノロジーの発展
そうはいっても私たちが処理できる情報の量というのにも、もちろん限界があります。そこで求められてきたのが情報を処理するテクニックとそれを助けてくれるテクノロジーというわけです。フィードリーダーがその典型で、ああいったアグリゲーターがなければ数百のブログ記事をチェックするということはまず無理です。Twitterはソーシャルに「読むべきブログ記事」を浮かび上がらせてくれるという意味で、それまでのマニュアルなフィルター装置が自動化したとも捉えることができそうです。

さて、そうやって再生産され爆発的に増えていく一方の情報というものがこの先なにに対してどのように影響を与えていくのでしょうか。

価値ある情報とは何か
人々が情報を求めるのはそこに何かしらの気づきを求めてのことではないかと思います。新しい楽しみや面白そうなイベントといった即時的なものもあるでしょうが、もう一方には「この先社会はどうなっていくのか?どうしていくべきなのか?」といった話題もあります。私自身ブログを読んでいてたくさんの気づきを得て、それが影響して自分の考え方やものの見方といったものが変化してきたのを感じています。それだけと言えばそれだけですが、そうやって価値観が変化するというチャンスがどんどん増えてきているということです。情報が増えるということは、つまりはそういうことではないかと。

世の中にはいろんなものの見方があり、その多様性があるからこそ、時に人の目を覚めさせることができるのではないでしょうか。そうか、そういった見方があったのかと。

まとめると情報量の爆発的な増加は価値観を変える考え方と出会う確率を増やすことを意味しているのではないかということです。そうやって小さな価値観の変化が積もり積もっていけば、やがてそれは人々の価値観の変化となり、そして社会を変えていくのではないかということです。もちろん、良い方向にという意味で。

投稿者: hiroshimo

2009/10/14 6:00 pm

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楽しさが行動を変える “The Fun Theory” から学ぶこと

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Volkswagenのバイラルキャンペーンが話題です。階段の一段一段にピアノの音階をつけてみたところ、普段エスカレーターばかり使う人たちの66%もの人が階段を使うようになったということ。この短いクリップを見ると、変化が躍動感を持って伝わってきます。

この”The Fun Theory” と名付けられたキャンペーンはこれから長くバイラルマーケティングのベストプラクティスとして語り継がれていくことは間違いないとして、そこから学べることは何でしょうか。

楽しさは行動を変える
楽しそうだ。やってみた。楽しい!こうしたフィードバックが行動をつくります。つまり行動を変えさせたければ楽しさを提供することが大事だということです。子どもが片付けをしない場合に罰を与えてそれを強制するのではなく、片付け自体に楽しさを忍び込ませる。片付け自体をゲームにしてしまう。そういった発想が大事なんだと思います。

楽しさには新しい発見がある
楽しいってどういう状態でしょうか。好奇心をつっつき、挑戦したい気持ちになってやってみる。すると発見がある。こうした時「楽しい!」と感じるのではないでしょうか。初めて自転車に乗って町中を駆け回る。今まで作ったことのない料理に挑戦する。こうしたことが楽しいのは、そこに発見があるからに他なりません。逆に何も新鮮な発見がない場合、つまらないのです。これには好奇心を持つという姿勢が大事です。好奇心のない人は相変わらずエスカレーターを使うのでしょう。

楽しさは伝わる
階段を上っている幼児の楽しさは周りに伝播します。人は非常に影響を受けやすいものです。楽しい状況であれば自分も楽しくなります。つまらない顔をしていればつまらない人しか集まってこないわけです。環境が人に与える影響は甚大です。どんなことでも楽しむ姿勢でいたいものです。

つまらなく退屈なことを楽しいものに変える。これはちょっとした魔法といってもいいのではないでしょうか。私たちの世界には実はこうした魔法がそこここに隠されているように思います。このキャンペーンを組んだストックホルムの広告エージェンシーはそのことを証明したのではないでしょうか。

みんながエスカレーターばっかり使うから階段を鍵盤にして音が出るようにしたら利用者が急増|デジタルマガジン

The Fun Theory: Volkswagen Masters the Viral Video

投稿者: hiroshimo

2009/10/13 6:00 pm

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1日は24時間・・・ではない

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24 hours – 1 am
Photo by glasgows

1日は24時間。私たちはことある毎にこのフレーズを耳にします。しかし、それは言わば総支給額であって、そこから天引きされて実際に使える時間はもっと少ないのが現実です。

例えば睡眠時間を6時間としていると、その前後の1時間を含めて7時間が天引きされます。これで17時間です。さらにそこから食事の時間(朝昼晩でそれぞれ1時間として)を引くと、14時間。さらに通勤時間(片道1時間として)が2時間で12時間。いわゆる団らんやお風呂など家庭で過ごす時間を2時間として10時間。仕事を8時間として残り2時間!

24-7-3-2-2-8=2

もちろん、このようにかっちりと割ることはできません。仕事の8時間とはいえ、その間ずっと手を動かし続けているわけではないからです。正直に言うと気が散って別のことをしている時間だって決して少なくないわけで。食事にしてもそれぞれ1時間もかかっているのかといえばそんなことはなく、あくまで目安として言っている部分があります。

それでも私の場合、本当にリラックスして自由に使える時間は2時間だということがわかりました。朝と夕方、それぞれ1時間で2時間というわけです。

問題は、そうやって割り出した時間をどうやって有効に使うのかということです。振り返ってみると、どうも私はその2時間をTwitterに使いすぎているようです。タイムラインを追うのもそうですし、そこから興味を引いたリンクにとんで記事を読んだり、ブックマークしたりなどの諸々を含めてではありますが。

それも決して全くの浪費時間だとは思わないのですが、もっと有意義に使えないかという気持ちは残ったままでした。そこで思い当たったのが、読書があまり出来ていないということでした。

何でも計測するのが好きな私は1ページを読むのにどれだけ時間がかかるのかを調べてみました。当然本にもよりますが、だいたい読み応えのある本の場合は1ページ1分という結果が出ました。そうすると30分で30ページです。300ページの本だと10日で読み終えるということになります。

というわけで2時間のうち、30分をまず読書に当てることにしてみます。読むときはがつがつと読むのですが、読まない時はまったく読めていないということがあったので、このバラツキ具合をまずはなんとかしようと思っています。そして残りの1時間半をTwitterやブログを書くことに費やすことにします。

投稿者: hiroshimo

2009/10/07 6:00 pm

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自分の時間志向を知る

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迷いの晴れる時間術
フィリップ ジンバルド, ジョン ボイド
ポプラ社 ( 2009-07 )
ISBN: 9784591110522
おすすめ度:アマゾンおすすめ度



時間術というとテクニック的なものを想起しますが、この本にはテクニカルなことは書いてありません。もっと大事な「時間とは何か?」ということについての本だからです。目次は次の通り。

第1部 なぜ人によって時間の感じ方が違うのか?(時間とは何か?
時間のとらえ方で人生が変わる
過去―変化する記憶
現在―すべては一瞬で過ぎ去る
未来―活力の源
超越未来―死後の新たな時間)

第2部 あなたの時間を再構築する(身体と健康
人生の選択とお金
愛と幸福
ビジネスと政治
理想の時間志向を発達させよう)

第1部で時間の本質についてのwhatで、第2部が「どのようにそれを使うのか」というhowという構成になっています。

時間の本質をとらえるためには「私たちがどのように時間を認識しているのか?」ということが大事になります。それが「時間志向」という考え方で、それは次の6つのタイプがあると言います。

  • 過去肯定型
  • 過去否定型
  • 現在快楽型
  • 現在宿命論型
  • 未来型
  • 超越未来型

自分がいずれのタイプであるのかを知るためのテスト<ジンバルドの時間志向テスト>というのもあり、設問に答えていくことで自分の傾向を知ることもできます。

この自分の時間志向を知ることで私はいろんなことが腑に落ちました。例えば「なぜ意見が食い違うのか?」という問題。それは単純にお互いの時間志向が違うからだと言えてしまうのです。また、子供を持つとどうして考え方、ものの見方が変わるのか?若いときにはどうしてああも無計画、無鉄砲だったのか?などなど。

多くの人は若いときに現在快楽型で「今、ここ」のことしか考えません。「今が楽しければそれでいい」というわけです。私も例に漏れずそうでした。音楽に身を浸す、小説に没頭する、などといったことも全て現在快楽型です。

私が結婚して子供を持って変化してきたと感じるのは現在志向から未来志向へとものの見方が変わったからだということもわかりました。とにかく子供と生活していて夫婦で話題になるのは「これからのこと」です。子供というのはとにかく成長が早いわけで、その速さにつられて自分も年を取っていくのが早く感じられてきます。とにかく先のことばかりが心配になり、先のことばかりを考えるようになっています。

このように常に自分の時間志向というのは変化をしており、その変化をコントロールすることによって、より良く生きることができるのだということが今度は第2部で書かれています。

引用したい箇所はたくさんあるのですが、そのなかからひとつ。

感情は現在に存在する。思考は未来に向けて準備をする。(p.188)

考える。思考する。想像する。これらの行為はすべて未来への準備であり、だからこそ重要なのです。考えるということは未来志向の現れでもあると言えます。しかし、未来のことばかり考えてばかりで現在をないがしろにしていては本当に生きていることにはなりません。先のことばかり心配して、子供たちと遊んでいる現在を放棄することはできないように。

つまり大事なのは過去と現在と未来に対する正しい時間志向を持つことだということです。今をないがしろにしているようであれば今を楽しみ、未来のことをないがしろにしているようであれば将来について考える。当たり前にやっていることかもしれませんが、これを意識するのとしないのとで少しだけ何かが違ってくるように思います。

今この瞬間自分はどの時間志向の中にいるのだろう?それが本書を読んで私が常に自分に問うようになった質問です。

投稿者: hiroshimo

2009/10/02 6:00 pm

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