6月 2009のアーカイブ
調子の良し悪しを味方にする
私の仕事に関する悩みは「ぎりぎりにならないと仕事に手をつけられない」「エンジンがかからない」ということです。なので、このコラムの次の箇所はまるで自分のことのように思いました。
ひとたびフロー状態になると、それを維持するのは難しくない。私の一日の多くはこんな感じだ: (1) 仕事にとりかかる。(2) emailをチェックしたり、Webを見たり、そのほかのことをする。(3) 仕事に取りかかる前にランチを取ったほうがいいと判断する。(4) ランチから戻る。(5) emailをチェックしたり、Webを見たり、そのほかのことをする。(6) いい加減はじめたほうがいいと心を決める。(7) emailをチェックしたり、Webを見たり、そのほかのことをする。(8) 本当に始めなきゃいけないと、再び決心する。(9) くそエディタを立ち上げる。(10) ノンストップでコードを書いていると、いつのまにか午後7:30になっている。
Joel on Software – 射撃しつつ前進
そして、ジョエルは「生産性の鍵はただ始めることにある」と続けます。仕事にはメリハリが必要で、それはなぜかというと調子には波があるからです。この調子というものを一定に安定化させようとする努力はもちろん大事なのですが、ただし仕事の質によってはそうした努力があまり功を奏さないものもあるのではないでしょうか。
それはどういう仕事かというと創造性を要する仕事です。デザインでもプログラムでも企画でもなんでもいいですが、要するに本格的に仕事に取りかかるまでに「溜め」が必要とされるような仕事です。ひとつのデザインを仕上げるのにほんの1時間しかかからないのかもしれません。時間があればいいというわけではないのです。
- 自分の調子を知ること
- フロー状態になるには自分をどういう状況に置けばいいかを知る
- いったんゾーンにはいったらそれを阻害する要素を極力無くす
- 毎日少しでもいいから前進することを意識する
いい道具といい習慣の関係
iPhoneを使い始めてから8ヶ月がたとうとしています。今や朝から晩まで常に身につけ、生活の一部となっているのですが、改めて振り返るとiPhoneを持つようになってからいくつもできるようになったことがあることに気づかされます。
例えば・・・。
- 金銭管理ができるようになった。
- 頭に思い浮かぶことをなんでもメモするようになった。
- たくさん写真を撮るようになった。
- 英語を聴くようになった。
- 英単語を覚えれるようになった。
- 場所に迷わなくなった。
多くの方と同じくiPhone以前にも携帯電話を持ってはいたのですが、それでできるようになったことはあまりありませんでした。ただ電話が便利、ネットもたまに見れるから便利、カメラもあるし、といった程度でした。
メモの習慣もモレスキンなどで実践していたりしたものの、片手で操作できるiPhoneにはかないません。歩きながら思いついたことなど信号待ちの一瞬でメモできることのメリットははかりしれません。
ストレスフリーな生き方を選ぶ
人間は余裕がなくなるとストレスを感じる。これは真理だと思います。ストレスの正体は余裕の無さです。例えば欲しいものがあって、でも財布に余裕がないとどうでしょう?ストレスですよね。満員電車で身動きさえとれない。ストレスですよね。スケジュールがきつくて、時間的余裕がまったくない。ストレスですよね。
GTDは「ストレスフリーの整理術」と呼ばれるとおり「余裕を生み出して、より生産的になろう」というものです。水のような心の状態を目指すものであることから、それは明らかです。余裕、つまり水のような落ち着いた心、平常心というわけです。いかなるタスクが降りかかってこようとも動ぜず、常にそれに備えている状態。空手がよく例として出されますが、型ができていれば不測の事態にもうろたえず対処できるというわけですね。
何か重荷になっていることがあったら、まずそれに対処することで余裕が生まれます。余裕なきところに創造性も何もありません。余裕を生み出すことは生きていくうえで必要なことだと言えそうです。ストレスがたたって人間関係をこじらせ、自分の健康も損ない、あげくに周りに敵意をもつような、そんなふうにはなりたくありません。
余裕を持つにはどうすればいいのか。大事なのは「余裕は与えられるものではなく、生み出すもの」だということです。待っていたらからといって余裕が与えられることはまずありません。断る力というのはひとつの余裕を生み出す手段です。また、かつての私もそうでしたが「時間がない、時間がない」と言っている人にかぎって時間の無駄遣いをしていたりします。隙間時間の活用は余裕を生み出すための一つの習慣でしょう。また、会社と自宅の往復だけでなく、自分ひとりになれて心を落ち着かせられる場所を持つことも大事です。それにしたって、誰かから与えられるものではありません。
余裕が生まれると自由だと感じることができます。それにしても同じく待っていても降ってくるものではないということです。
それだけではない何かがあるか
それ、便利? iPhoneを使っていて聞かれるのは例えばこのような質問であったりします。しかし、それに対して「うん、便利だよ」とだけ答えるのは何か間違っている感じがして落ち着きません。
私たちは長らく便利か便利でないかという基準でもって製品やサービスを見てきたように思います。なのでメーカーも頑張って「もっと便利に!」と機能追加してきたわけです。しかし、すでにその限界は超えてしまっていて便利さの追求が不便をもたらしているということが盛んに言われていたりします。
便利だけど、それだけじゃない。そういうのが求められていて、そういったニーズに敏感なのがひとつはAppleという会社なんだろうなと思うのです。
そう思うと不便な時代というのは便利でありさえすれば良かったわけで、そういう意味では競争の基準が明快だったのでしょう。もはや単純に便利でありさえすればいいという時代ではなくなっています。そうした時に「もっと便利に!」というかけ声は逆に不便にしていくということになります。
にもかかわらず「もっと便利に!」の価値基準を変えることができているところは多くありません。多様なニーズに応えるためにもっと多くのラインナップを!というのも、選択肢が少なかった時代には応えられていたのでしょう。しかし、選択肢が多すぎる時代にあってはラインナップを数多く揃えることが果たして正しいのでしょうか。
便利で安くて使いやすい。それだけではない何かがあるかどうか。そこが一番大事なんだろうと思います。
疲れる人と疲れない人の違いは仕事に質にあるのかもしれない
さぁ、月曜日だ。今週もばりばり働くぞ!そういう人はそれはそれで結構なのですが、ブルー・マンデーを迎えている人も少なくないのではないでしょうか。
原因はどこにあるのでしょう。私は疲れにその原因があると考えます。
疲れているとパフォーマンスがあがりません。頭も冴えませんし、言動もぐだぐだに。些細な失敗をして落ち込んだり、ちょっとしたことでイライラとしてコミュニケーションを悪化させたり。トラブルの原因は多くの場合「疲れ」にあると言って間違いないです。
そこで疲れないための対策としては1)体力をつける 2)疲れていることを誤魔化す 3)働き方を変えるの3つがあると考えます。
1)の体力増強は前回のエントリーでも自分の課題として位置づけましたがなかなか一朝一夕で変わるものではありません。2)の対処法は多くの人がとっている方法でしょう。栄養ドリンクやドラッグなどで一時的に疲れをなかったことにするという方法です。1)が原因療法で2)が対症療法と言えそうです。
しかし、1)と2)のどちらも疲れる原因が自分にあるとしてしまっています。そうではなく、環境に起因すると考えれば「疲れ」を生み出す仕組み・システムが間違っているとも言えるわけです。3)の「働き方を変える」というのがそれです。
一言「働き方を変える」といっても、その実現は非常に難しいものです。週7日働いていたところを3日にすれば当然疲れは減るでしょうが、それによって生活が窮するようでは疲れどころの話ではありません。
また、疲れというものが労働量に則していれば時間を減らし、日数を減らすことによって解決するでしょうが、問題は労働の量ではなく質にあるのではないかとも思います。
労働の質というのは、たとえばその仕事が楽しいかとかやり甲斐があるかとか報われているとか、仕事自体に関することです。つまり、仕事が楽しければ体力的に疲れることはあってもブルー・マンデーにはなりにくいのではないでしょうか。
「働き方を変える」というのは労働環境を変えるということに加えて、楽しくやり甲斐のある仕事をするということなのだと思います。そして、悩みや迷いや不満足感といったネガティブ要因を排除し、自分の発揮できる能力の最大値を上げていく、パフォーマンスをあげていくということなのだと。
ではどうすれば悩みや迷いや不満足感といったネガティブを排除することができるでしょう。それには仕事の内容に納得することが大事だと思います。納得していれば悩むことも迷うこともないわけです。そのためにはその理想と現実をできるかぎり一致させていくということなのでしょう。
だからといって私の現実が納得尽くしかというとそういうわけではありません。しかし、そうしていくべきだという思いは常にあり、それこそが人生の目的であるとさえ思います。
締め切りぎりぎりまで仕事をするのは人間らしさの現れかもしれない
締め切りに追われる漫画家と、締め切りを迫る編集者。昔読んだマンガにはそんなシーンがよくありました。漫画家ほどではないにしろ、私も仕事のうえでよく締め切りに追われます。そして、ぎりぎりになって滑り込みセーフで仕事をしあげることも間々あります。もちろん間に合わないこともありますが。
決して仕事を先送りしているわけではないのに、事前に入念に計画を立てある程度余裕を見たつもりなのに、なぜか仕事は余裕では終わりません。
そのたびにパーキンソンの法則を思い出し「仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」という言葉に深く頷くわけですが、だからといってそれは次回への教訓となることはありません。そしてまた同じ轍を踏むのです。
なぜそのようなことになるのでしょう。
まず、第1に余裕を持った状態で仕事を終えると「これで本当に満足か?」「これで本当に仕上がってるといえるのか?」など不安になるということがあげられるように思います。ぎりぎりまで仕事をすれば「時間がなかったんだからしょうがない」という言い訳ができるようになります。自分自身この仕上がりに満足しているわけじゃないけど、タイムリミットがあったんでしょうがないじゃない。そう、自分に言えるのです。
もうひとつ、締め切りに追われる要因として時間の見積もりの甘さがあります。どんな仕事でもこれぐらいでできるだろうと思っていることは必ずその通りにはなりません。ほんの10分でさえそうなのですから、長期的なプロジェクトになればなるほど誤差は広がるのです。かくして数日の延長となるわけです。
なぜ甘くなるのか。自分の能力を信じたいという気持ちがあるからなのでしょう。宣言するときに少なめにいうことで自身の評価をあげたいという思いもあるかもしれません。時間を多めに言ったときに「そんなにかかるの?」と驚かれるよりは少なく言って「そんなにすぐできるの!」と感嘆されるほうが嬉しいに決まっています。そうした経験があると、どんな案件に対しても短く時間を見積もっていまうようになるのではないでしょうか。
つまり、締め切りまで仕事をしてしまう裏には自己保身と承認欲求があるのではないかと思うのです。
そう考えると、なるほど締め切りに追われるのは人間です。機械ではありません。なぜ締め切りに追われるのか? 答えは「人間だから」。
レビューは俯瞰してフォーカスする
もっと前から、いや最初からこうしておけばよかった。学習の過程でそう思うことは多々あります。今日、先週に引き続いてノートを使って週次レビューをやってみてそう思いました。今までウェブアプリやMacのソフトウェアをあれこれ試したのはなんだったんだろうかと。
実はGTDをかじりかけのころ、モレスキンを使ってリストを作ったことがあるのですが、そのときは「書くのが面倒だ」「字がきたなくていやだ」といった感情を持って続かなかったことがあります。多くの人がアナログの方式を避けるのはこうした理由じゃないでしょうか。それは認めます。なにもかもデジタルでPCで管理しているのだから今更ノートにペンで書くなんて時代に逆行しているじゃないかと。
しかし、色々と試していった結果、私は今のノートを使ったやり方が一番しっくりくるように思うのです。灯台もと暗しというやつです。
では、なにがそんなにノートを使うやり方がいいのか?
ポイントは2つあるように思います。ひとつは俯瞰性、もうひとつはコミットメントです。
俯瞰性
こういう言葉があるのかどうか不明ですが、要するにノートはとても「俯瞰しやすい」のです。これにもポイントがあって、プロジェクトのリストなどは切り離した方がいいです。そうやって切り離したページを並べると全体が見えてきます。これはデジタルではありえなかった感触です。フォーカスする前に俯瞰する。Perspectiveを得てControlするというわけです。

コミットメント
書くという行為は面倒です。しかし、面倒なことをした方が自分への約束強度が高まります。デジタルだとあまりにも手軽に先延ばしマークをつけたりすることができるので非常に自分への約束強度が弱い気がします。
なんでもそうですが、投入するコミットメントが大きいほど、それを破ることに抵抗が出てきます。ノートを買ったから何か書こうとか、ランニングシューズを買ったんだから走ろうとか。投入した分を取り戻さないとと思うわけです。あまりにもコミットメントが小さいと(気軽にできてしまうと)それを取り戻すだけの行動が生まれてこないように思うのです。書くという行為はキーでタイプするという行為よりもはるかに面倒です。だからこそ、コミットメントの強度が出てくるように思います。
また、ノートを使ったGTDは非常に工夫がしやすいという点もあげられます。このあたりについてもまた記事を書きたいと思います。
行動到達型の目標、習慣到達型の目標
私たちの人生は毎日の行動の積み重ねによって出来上がっていくものだということは常々言われることです。だとすれば、どんな行動を選択するかによって人生を自ら作っていくことも可能なはずです。
このときに、求めるべき結果は二通りあります。ひとつは行動到達型で、もうひとつは行動習慣型です。行動到達型は具体的なゴールがあって、それに向かって階段を一歩づつ上っていくようなタイプの行動です。プロジェクトがそれにあたります。習慣到達型はもっと抽象的な目標です。こちらは階段を上るというよりは陶芸や植物を育てるようなことに喩えられそうです。
実感が持てるのは行動到達型です。頂上を目指して歩みを進めることで、前進していることがわかります。あとどれくらいで頂上につくかということも目安が持てます。
しかし、習慣到達型の目標についてはなかなか実感が持てません。植物を育てるにしても、すぐに花が咲くようなタイプではないのです。行動の選択が正しいかどうかもわかりません。もしかすると間違ったやり方をしているのではないかと不安にもなります。
目安が見えないこと。不安の正体はそれです。では、そうした不安を遠ざける方法はあるのでしょうか。
突き詰めれば自分を信じるということしかないのでしょう。それができるかできないかはそれこそ到達したい姿を描けるかどうか。望ましい結果を求めれば、行動の選択に確信が持てるのではないかと思います。
求める結果を生み出す力
Productivityという言葉は「生産性」だと訳されますが、私にはどうもこの訳はしっくりきません。Produceという動詞には確かに「生産する」という意味があるわけですが、それってどうにも工場で車を製造しているような印象を受けます。Productにしても製造物という訳が一般的なように思います。
そもそもproduceには「生じさせる」という意味が、productには「結果、所産」という意味があるわけです。なにもモノだけを対象にしているわけではありません。
つまり「〜を生み出す」ということがproduceであり、「生み出す力」というのがproductivityなわけです。では、何を生み出すのしょうか。それは求めるべき結果(Dsired Outcome)です。
求めているものを生み出すことがProduceであり、そのために必要なのがProductivityなのです。
求めるべき結果というのは何なんでしょう。それはビジョンから醸成された人間の理想です。ビジョンというのは夢と言い換えてもいいかもしれません。
理想を実現させるために自分の「生み出す力」を上げていくこと。そして仕事を含めた人生において、社会において、自分の「生み出す力」を使って何かしら他者への貢献ができたとすればその人生は成功だと言えるのでしょう。
日々、何かを生み出すということを意識して生きたいものです。
読書量は時間で決める
世に読書術というのはたくさんありますが、皆さんはどんなふうに本を読んでいますか?私は次のようなことを本を読むときに実践しています。
- 1分に1ページで時間で読む量を決める
- 読書中にどうしてもという箇所があれば端を折る(ドッグイヤー)
- 読み終わったら内容をざっと見返して印象に残っている箇所に付箋を貼る
- 付箋箇所をノートに引用する
- 内容をノートにまとめる
- 感想をブログにのせる
私は読むときは一気に読むのですがそうでない時はまったく読めなかったり、読まなかったりで量が安定しませんでした。そこで一度集中して本を読むときに1ページあたりどれぐらいの時間がかかっているかを計ったことがあります。52.5秒というのが計測結果でした。だいたい1分として、30ページ読むのに30分ということです。そこで今度は読みはじめるページから30ページ先に付箋をはり、実際に読んでみたところ、結果はやはり30分でした。なんでもそうですが、量よりも時間のリミットを持ってくる方が効果的かと。
付箋かドッグイヤーか?
付箋をはるとか、ペンで線を引くとかいうのも方法なのですが、付箋やペンがないときの方が多いものです。なので「ここはあとで絶対参照!」という箇所は端を折るのが一番かと。
印象にのこった箇所が折られているわけですから、あとはそのページだけを参照してノートに控えたりしてもいいのですが、私は本を読み終わったあとにはもう一度内容を最初から最後までスキャンします。ぱらぱらーとめくっていくだけですが、流れが掴めて、ここがこの本の要所というところが非常によくわかります。
最後はノートにキーワードを書き出したりして消化していきます。ここまですると食べきった満足感があります。そしてそれでも足りないときはブログに書いて再度解釈した内容をまとめてみたりもします。
